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建設機械の燃料電池・バッテリーの最適パワー配分:脱炭素化とTCO最小化の両立の視点から

鈴木 希

研究背景・目的

近年, 地球温暖化に伴う急激な気候変動が大きな問題となっており, この問題に対処するために, 世界全体で2050年のカーボンニュートラルに向けた温室効果ガスの排出削減活動がおこなわれている. この目標の達成のために, 企業も利益追求だけでなく温室効果ガスの排出削減にも重点を置く必要が出てきている. このような世界的潮流の中, 自動車産業では, 従来のガソリン車から電気自動車(Electric Vehicle: EV)や燃料電池車(Fuel Cell Vehicle: FCV)への転換をはかり, EV, FCVの研究・開発が進められている. しかし, FCVはEVと比べて開発の余地が大きく, 今後の普及に向けて現在多くの研究がなされている.
FCVの制御手法に関する研究には, 従来のモデル予測制御に機械学習によるオフライン学習の要素を加えた学習型ロバストモデル予測制御(LRMPC)[1]や, 従来のモデル予測制御と回帰型ニューラルネットワーク(Recurrent Neural Network: RNN)を組み合わた制御手法[2], 反復機械学習フレームワークを用いた出力の予測を活用し, 最適な燃料電池(Fuel Cell: FC)とバッテリの出力を求める手法[3]などがある. また, 制御手法だけでなく, FCVに搭載されるFCや, FCとともに搭載されることの多いバッテリの劣化モデルについても多くの研究がおこなわれており, FC劣化に関しては, 内部で起こる3種類の化学反応(オーミック損失, 反応物質移動損失, 反応活性)がFCの性能低下に与える影響をモデルを用いて明らかにしている研究[4]や3種類の強化学習アルゴリズム(Q学習, deep Q-network, 深層決定的方策勾配法)を用いたエネルギーマネジメントシステムをFCの寿命や燃料消費量の観点から性能評価をおこなう研究[5], バッテリ劣化に関する研究には, Wiener 過程, マルコフ連鎖モデルを用いたオンラインでのバッテリの劣化予測モデル[6]やニューラルネットワークを活用することによって, 内部状態や外部状態の変化によってもたらされるバッテリ容量予測の不確かさを取り入れたバッテリ劣化モデル[7], 擬二次元 (P2D) モデルに感度分析によるパラメータ同定を組み合わせたバッテリ劣化モデル[8]などがある.
このような建設機械の性能向上による排出削減を目的としたFC搭載型車両の研究・開発は, 自動車に限らず, 建設機械業界においても同様に進められており, FCを搭載した建設機械の普及によってさらなる温室効果ガス削減が期待できる.
しかし, FCを搭載した建設機械の普及によって建設機械を運用する際に発生する温室効果ガスはゼロにできるものの, さらに視野を広げると水素自体の製造や劣化によって交換必要と想定されるFCやバッテリの製造にも温室効果ガスが付随するため, より効果的な温室効果ガス排出量削減を目指すためにはこれらも考慮した温室効果ガス排出量を考える必要がある.
また, 建設事業を持続的におこなうためには温室効果ガスの削減だけでなく, 当然建設機械の運用・維持等で発生する運用コスト(Total cost of ownership) も考えなくてはならない. カーボンニュートラルに向けて温室効果ガスを大幅に削減しても, コストが大幅に増加してしまうと建設事業者の競争力が低下する恐れがある. そのため, 温室効果ガスの排出量削減と運用コスト削減のバランスを考慮しなければならない.
温室効果ガスの排出量と運用コストの削減を考える上で特に重要となるのがFCとバッテリのパワー供給バランスとFC・バッテリの容量である. FCとバッテリのパワー供給バランスやFC・バッテリの容量は, 建設作業で消費する水素の量やFC・バッテリの劣化に影響を与えることが知られており, 供給バランスやFC・バッテリの容量を適切に設定することで, 温室効果ガスの排出量や運用コストをより効果的に削減することができる. そのため, より効果的な温室効果ガスの排出量削減と運用コスト削減をおこなうために, 建設事業者は, 最適パワー供給バランスや最適なFC・バッテリの容量を決定する必要がある.
本研究では, 水素・FC・バッテリの製造時に発生する二酸化炭素(CO2)排出量と運用コストの重みづけ和を最小にするような最適パワー配分を明らかにする. また, 複数のFCの大きさ, バッテリの組み合わせを比較することで, 最適なFC・バッテリの容量を特定する.

問題設定

本研究では, 建設機械で同一の建設作業を繰り返す状況を想定する. 1回の建設作業にかかる時間はtc[s]で, この1回の建設作業を1サイクルと表現する. この1サイクルの建設作業をおこなう上で必要となるパワーである要求パワーPreq[kW]は事前に与えられており, 建設機械は, 建設作業においてこの与えられたパワーを時々刻々満たすように運転をする必要があるものとする.
本研究で想定する建設機械のパワー供給の構成を図1に示す. FC容量PFCmaxのFCとバッテリ容量CBATのバッテリの2つの動力源が用いられており, 各動力源がDCDCコンバ―タを介してインバータに接続されている. なお, バッテリ効率をηBAT, FC, バッテリにつながっているDCDCコンバータの効率をそれぞれ, ηFCDCDC, ηBATDCDCと表し, これらの効率は1未満で一定であるとする.
建設機械は, 要求パワーを満たしつつCO2排出量と運用コストの重みづけ和を最小にするように適切なFCとバッテリのパワー配分で運用をおこなう. このとき, 建設機械は同じ作業を常に繰り返すことを想定し, どのサイクルにおいても同じFC・バッテリの運用を行う必要があるものとする. また, FCとバッテリの両者の劣化を考え, 劣化が一定のレベルに達した場合, 交換しなければならない状況を考える.

図1:建設機械のシステム構成

数値シミュレーション結果

ここでは, FC容量・バッテリ容量を変化させたときのCO2排出量とコストの比較とバッテリ容量を変化させたときのFC出力・バッテリ出力の最適運用プロファイルの比較をおこなう.

図2:各FC・バッテリ容量でのCO2排出量

図3:各FC・バッテリ容量での運用コスト

図2, 3は建設機械に搭載可能な範囲でFC容量とバッテリ容量を変化させたときのCO2排出量と運用コストを図示したものである. この結果から搭載可能な範囲においてはFC・バッテリ共に容量の大きなバッテリを搭載することがCO2排出量, 運用コストの両面において望ましいことが確認できる.

図4:バッテリ容量を変化させたときの最適運用プロファイルと充電・放電エネルギーの総和の比較

図4はバッテリ容量を変化させたときの建設機械の最適運用プロファイルと充電・放電エネルギーの総和を図示したものであり, 左がバッテリ容量が小さい場合, 右がバッテリ容量が大きい場合の結果である. この結果を比較すると, バッテリ容量が小さい場合は大きい場合と比較して, 要求パワーが低い時間帯に充電エネルギーを充分に回収できていないことが確認できる. バッテリ容量が小さいケースでは1作業での放電エネルギーの総和と充電エネルギーの総和を等しくする制約を設けているため, この違いにより, 充電エネルギーを充分に回収できなかった分放電エネルギーを抑える, つまりバッテリの出力を抑えることが求められる. そのため, 容量が充分でないケースではより高いFC出力を出すことが強いられ, CO2排出量と運用コストが増加してしまうことが分かる.

今後の課題

今後の展望としては大きく3つあり, 1つ目は, FC出力やバッテリ容量の低下を考慮した最適化問題の定式化・数値解析である. 現在の最適化問題では, FCやバッテリの劣化はあくまでも建機本体が寿命を迎えるまでに使用するFCやバッテリの個数を推定するために用いているに過ぎず, FCやバッテリのパフォーマンスには影響を及ぼさないものとして計算をおこなっている. しかし, 実際には, FCやバッテリの劣化は, 出力できるパワーの低下, 効率の悪化等にも影響を及ぼすため, より現実に即した結果を得るためにはこれらによる影響を考慮した最適化問題を解く必要がある. 2つ目は, 最適パワー供給配分を実現するための制御手法の確立である. 本研究で取り扱っている内容は, あくまで運用計画の部分であり, 今回得られた最適運用を実現するための制御方法に関してはまだ手を付けられていない. そのため, 実運用に向け, 制御方法についても考える必要がある. 3つ目は, 複数の建機の作業の最適化である. 本研究では, 1つの建機のみに焦点を当てているが, 実際の鉱山作業では, 複数の建機が連携して作業をおこなうことが想定されるため, 複数の建機がある状況でどう運用するのが望ましいかを考える必要がある.

参考文献

[1] S. Li, Z. Hou, L. Chu, J. Jiang, Y. Zhang. A novel learning-based robust model predictive control energy management strategy for fuel cell electric vehicles. arXiv, 2022.

[2] D. F. Pereira, F. C. Lopes, E. H. Watanabe. Nonlinear model predictive control for the energy management of fuel cell hybrid electric vehicles in real time. IEEE Transactions on Industrial Electronics, vol. 68, no. 4, pp. 3213-3223, 2021.

[3] T. Zeng, C. Chang, Y. Zhang, C. Deng, D. Hao, Z. Zhu, H. Ran, D. Cao. Optimization-oriented adaptive equivalent consumption minimization strategy based on short-term demand power prediction for fuel cell hybrid vehicle. Energy, vol. 227, 2021.

[4] C. Beer, P. Barendse, P. Pillay, B. Bullecks, R. Rengaswamy. Degradation of high temperature PEM fuel cells and the impact on electrical performance. IEEE International Conference on Industrial Technology, pp. 690-694, 2013.

[5] Y. Ma, C. Li, S. Wang. Multi-objective energy management strategy for fuel cell hybrid electric vehicle based on stochastic model predictive control. ISA Transactions, vol. 131, pp. 178-196, 2022.

[6] Y. Zhang, F. Feng, S. Wang et al. Joint nonlinear-drift-driven Wiener process-Markov chain defradation switching model for adaptive online predicting lithium-ion battery remining useful life. Applied Energy, vol. 320, pp. 121043, 2023.

[7] C. Chen, G. Tao, J. Shi et al. A lithium-ion battery degradation prediction model with uncertainty quantification for its predictive maintenance. IEEE Transactions on Industrial Electronics, vol. 71, no. 4, pp. 3650-3659, 2024.

[8] W. Appish, J. Busk, T. Vegge, A. Bhowmik. Sensitivity analysis methodology for battery degradation models. Electrochimica Acta, vol. 439, pp. 141430, 2023.

2025年 3月21日