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フリーライダーを考慮したネットワーク形成モデルの解析

山田泰基

はじめに

 近年ネットワークの構造に関する研究が進められている. ネットワーク構造とは, 個人の繋がりや企業の繋がりをネットワークのリンクとして見て, その繋がりがどのような社会的・経済的意味を持つか考察する上で重要な概念である.

 特にネットワーク構造において, ネットワークの安定性やネットワークがもたらす利益を研究する分野をネットワーク形成といい, 比較的新しくできた分野である. 代表的な研究には文献[1]があり, connections modelと呼ばれるモデルについて議論している. このモデルでは個人間のコミュニケーションをモデル化しており, リンクが繋がっているエージェント同士は互いから利得が得られるが, リンクを繋げるためにはどちらかのエージェントがコストを支払ってリンクを形成しなければならないとしている. このような状況下で, どのようなネットワークが各エージェントの利得の総和を最大化するか, どのようなネットワークが安定であるかを研究するのがネットワーク形成という分野である.

先行研究

ネットワーク形成

 現在, 文献[2]の研究におけるモデルを拡張した議論が多くなされている. 例えば,  文献[3]で仮定されているモデルでは利得の伝達が行われるネットワークのリンクはそれぞれ異なる確率を有しており, リンクにおける情報伝達はその確率に基づき成功もしくは失敗するとしている. 情報伝達が確率的に行われるモデルにおけるネットワークの安定性について議論している.

罪悪感, 劣等感, heterogeneity

 文献[4]では文献[2]のモデルを拡張して, 各エージェントは他のエージェントとの利得の差が生じた場合「罪悪感」もしくは「劣等感」を有し, 罪悪感と劣等感がエージェントに負の利得をもたらすと仮定している. また, エージェントは各々「価値」と「リンクを形成するのに必要なコスト」を有しており, 例えば価値10かつコスト3のエージェント$i$にエージェント$j$からリンクを形成した場合, エージェント$j$はコストを3支払いかつ10の利得を得て, 合わせて7の利得を持つ. 文献[4]がおいているモデルではstarネットワークかemptyネットワークがナッシュネットワークであるとしているが, starネットワークに収束する場合は, starネットワークの中心となるエージェントは, 各エージェントの持つ価値によって決まり, リンク形成に必要なコストは大きく影響はしないと論じている.

Figure 1 Figure 2
図1: Empty Network 図2: Center-Sponsored Star Network

ネットワークの平衡の定義

 文献[5]ではネットワークの平衡状態についてPairwise Stable (PS), Nash Stable (NS), Pairwise Nash Stable (PNS)の3つを定義している. PSとは形成されている全てのリンクにおいて, どれか一つでもリンクを消すとあるエージェントの利益が小さくなり, かつあるエージェントの利益が大きくなるように新たなリンクを形成しようとすると他のエージェントの利益が小さくなるネットワークの状態を示す. NSとは全てのエージェントが自身の利益を最大とするような戦略を選択した結果, ネットワークの均衡している状態を示す. PNSはPSとNSの2つを満たす状態を指す. 文献[6]が考えたゲームのモデルではエージェントiとエージェントjは双方がリンクの形成をしようとしないとリンクが形成されないという制約がついている. 文献[5]では, 文献[6]のゲームについて考える場合, PSとNSは必ずしも一致しないことが示されている.

異種的なリンク形成コスト

 文献[7]ではエージェント$i$がエージェント$j$に対してリンクを形成するコスト$c_{i,j}$が全てのエージェントの組み合わせにおいて一律ではなく, 各エージェントに依るものだと仮定した際の, ネットワーク形成にもたらす影響について述べている. リンク形成のコストが, リンクを結ぶエージェントのみに依る場合は, リンク形成のコストが一律であるときと変わらず, Center-Sponsored-StarかEmptyに収束するが, リンク形成のコストがリンクを結ぶエージェントと結ばれるエージェントの組み合わせに依る場合はminimalなネットワークに収束すると結論付けている.

誤った行動と確率的に安定なネットワーク

 人間は必ずしも合理的ではなく, 誤った行動をすることがあることを踏まえ, 文献[8]ではエージェントがある確率で誤った行動をする仮定の上でネットワーク形成の安定性について議論している. 収束したネットワークにおいて, あるエージェントが誤った行動をしても元のネットワークに戻るようなネットワークを確率的に安定なネットワークと呼ぶ. 文献[8]では確率的に安定なネットワークはリンク形成のコスト$k$とパス中のリンクの減衰率δに依るとしている. さらにエージェントの数もネットワークの安定に影響する. 例えばエージェントの数が少ないと一エージェントの誤った行動はネットワークの動向に大きな変化をもたらすが, エージェントの数が多いとネットワークへの影響は小さい.

割り当て規則

 文献[2]では, エージェントはリンクを介してアクセスできる他エージェントの数だけ利益を得るとしている. しかしネットワーク形成の分野において, エージェントが得られる利益は必ずしも前文の規則に則るとは限らない. 文献[1]では, グラフ$g$自身が価値$v(g)$を有するとし, 各エージェントは割り当て規則$Y(g, v)$に則り, 利益を割り当てられるとし, ネットワークゲームを一般化している. 一般化されたゲームの規則たる$Y(g, v)$において, 文献[1]は一般に成り立つ定理を示している.

不完全なリンク

 文献[9]では, 「不完全なリンク」と称して, エージェントがリンクを介して他エージェントにアクセスできるかは確率的なものとし, リンク毎にアクセスできる確率を定め議論を展開している. この仮定のもとでネットワークゲームを行うとナッシュネットワークはsuper-connected になることを示している. super-connectedとは, すべてのリンクにおいて, 切断してもエージェント間の可到達性が損なわれないことを指す. つまり, リンクが完全である場合と比べ, リンクの数が冗長であるようなネットワークがナッシュネットワークとなる.

既存のネットワーク

 文献[10]では, 予め「コアネットワーク」と呼ばれるネットワークを形成されている状態から始まるネットワークゲームに焦点を置いている. コアネットワークはネットワークゲームの初めから形成されているネットワークであり, 形成されているリンクのコストはエージェントは支払わず, リンクは永久に存在し続けると仮定している. Hallerはコアネットワークを一種の「インフラストラクチャー」として見ており, インフラが与えるネットワーク形成への影響について議論している. 具体的には与えるコアネットワークによって効率性が改善や悪化したり, ネットワークが安定もしくは不安定になったりすると述べている.

フリーライダーを考慮したネットワーク形成

フリーライダーとは

 ネットワーク形成の研究では各ノード(エージェント)の行動選択は自身の利益を最大化するためにリンクの形成・切断を行う設定で, 多くの研究がなされている. しかし, 実社会において, 人間の中には自分自身の利益のみならず, 他人の利益によっても行動選択に影響を受ける人間もいる. 具体的な例として「フリーライダー」と呼ばれる概念が存在する. フリーライダーとは経済学的用語の一つであり, 対価を払わずに利益を享受する者のことを指す. 実社会においてこのフリーライダーを嫌う人間は一定数存在することが知られている. フリーライダーを嫌う行動をネットワーク形成の問題に組み込めば, すなわち他エージェントの持つ利益も自身の利益に関与するものだとすれば, 人間が形成するネットワークの特性の理解により一層近づけることであろう.

フリーライダーの表現

 他のエージェントが利益をフリーライダーを嫌う作用を表現するために, エージェント$i$は評価関数 \begin{equation*} P_i(g_i,g_{-i})=\Pi_i(g_i,g_{-i})-\sum_{j\in N\backslash\{i\}} d_{ij}\Pi_j(g_i,g_{-i}) \end{equation*} を最大とするように, 戦略を決定する. ここでは, $P_i(g_i,g_{-i})$はエージェント$i$の利益, $d_{ij}$はエージェント$i$のエージェント$j$に対するフリーライドを嫌う度合いである. つまり, 各エージェントは自身の利益を大きくしようとしながらも, 他のエージェントを抑えようとして戦略を決定する. そして$d_{ij}$が大きいほど他エージェントの利益を抑えようとするはたらきが強くなる.

Strict Nash Network の存在

 各エージェントが評価関数$P_i$を最大化するように戦略変更を繰り返すと, いずれのエージェントにとっても戦略の維持のみが$P_i$を最大とする戦略となり, ネットワークの構造が変化しなくなることがある. このどのエージェントも戦略を変更しなくなるネットワークのことを Strict Nash Network (SNN) と呼ぶ. 今回のモデルでは図1, 2で表されるEmpty, Center-Sponsored Star (CSS) がリンク形成に必要なコスト$c$とフリーライドを嫌う度合い$d_{ij}$が特定の条件を満たせば, SNNとして現れる. 中心エージェントが$m$であるようなCSSをCSS$m$とし, $c, d_{ij}$が \begin{equation*} c+\sum_{j\in N\backslash \{m\}}d_{mj} + (n-2)\max_{j\in N\backslash \{m\}}d_{mj} < 1 \end{equation*} を満たすとき, CSS$m$が存在する. また, $c, d_{ij}$が \begin{equation*} c + \min_{\{i,j\}, i\neq j} d_{ij} > 1 \end{equation*} を満たすとき, EmptyがSNNとして現れる. また, $c, d_{ij}$がいずれかの条件を満たされていれば, 必ずSNNに収束する.

今後の課題

今回の研究ではCSSとEmptyに焦点を当てて議論を展開したが, CSSとEmpty以外にもSNNは存在する. それらのSNNの明確の分類や存在するために必要な条件の導出が今後の課題といえる. 他にも既存のネットワーク形成モデルの要素を組み合わせることでモデルの拡張を行い, 人間のネットワーク形成を表すより現実的なモデルの実現が期待される.

参考文献

[1] M. O. Jackson and A. Wolinsky, "A strategic model of social and economic networks," Journal of Economic Theory, vol. 71, no. 1, pp. 44-74, 1996.

[2] V. Bala and S. Goyal, "A noncooperative model of network formation," Econometrica, vol. 68, no. 5, pp. 1181-1229, 2000.

[3] H. Haller and S, Sarangi, "Nash networks with heterogeneous links," Mathematical Social Sciences, vol. 50, no. 2, pp. 181-201, 2005.

[4] J. K. Goeree, A. Riedl, A. Ule, "In search of stars: Network formation among heterogeneous agents," Games and Economic Behavior, vol. 67, no. 2, pp. 445-466, 2009.

[5] F. Bloch and M. O. Jackson, "Definition of equilibrium in network formation games," International Journal of Game Theroy, vol. 34, no. 3, pp. 305-318, 2006.

[6] R. Myerson, "Game theory: analysis of confict," Harvard University Press, 1991.

[7] A. Galeotti, S. Goyal, and J. Kamphorst, "Network formation with heterogeneous players," Games and Economic Behavior, vol. 54, no. 2, pp. 353-372, 2006.

[8] F. Feri, "Stochastic stability in networks with decay," Jouranal of Economic Theory, vol. 135, no. 1, pp. 442-457, 2007.

[9] V. Bala and S. Goyal, "A strategic analysis of network reliability," Review of Economic Design, vol. 5, no. 3, pp. 205-228, 2000.

[10] H. Haller, "Network extension," Mathematical Social Sciences, vol. 64, no. 2, pp. 166-172, 2012.

2018年 2月28日