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区分的アファインシステムによるストレンジアトラクタの概形設計

海野 智義

研究の背景と目的

カオス現象

 自然界の現象や経済モデルなどの解析は世の中の理解や将来の予測をする上で非常に有効である.しかしながら,モデルのダイナミクスが微分方程式や差分方程式などの決定論的法則で記述されているにもかかわらず,その挙動が複雑で長期的な挙動の予測が不可能な現象が報告されている[1].この現象は「カオス」と呼ばれ,今日では生物学・物理学・工学などの様々な分野でその現象が内包されていることがわかっている.
 カオス的な振る舞いを示すシステムの例として,ローレンツ方程式[2]があげられる.このローレンツ方程式は大気対流のダイナミクスとして提案された微分方程式であり,その文献においてストレンジアトラクタの発見やコンピュータシミュレーションによる初期値鋭敏性の解析がはじめて報告されている.また,これまでのカオスに関する研究ではカオスを起こす微分方程式の力学的構造の解析や発生メカニズムの解析が主に報告されている.その例として,Smaleの馬蹄力学についての研究[3]やカオスを特徴づけるリアプノフ指数の算出法[4,5]などがあげられる.そのほか,そのシステムがカオス的であるかを示す手法としてメルニコフの方法[6]やシルニコフの方法[7]などが提案されている.

カオスの利用

 近年ではカオスを工学や生物学などの様々な分野に応用しようとする試みが開始されている.まず,生物学の分野において生物の神経回路の数理モデルの導出があげられる.生物の神経回路はその振る舞いがカオス的となることが非常に多く,非線形振動モデルとして表現される.その例として,文献[8]では,ヤリイカの巨大軸索の電気的応答を記述するホジキン-ハクスレイ方程式が紹介されている.また,カオスがもつ非周期性や初期値鋭敏性から擬似乱数や通信技術に利用することも試みられている.GuglielmiらやRhoumaら[9,10]は,カオスを発生させるシステムを擬似乱数発生装置として活用し,テキストの暗号化をする手法を提案している.さらにLoriaら[11]では,コンピュータ同士を同期させるのにカオスシステムの同期を利用する手法を提案している.

カオスの生成と区分的アファインシステムの利用

 カオスを利用することが研究されるにつれて,様々なカオス的な振る舞いを示すシステムを生成することが非常に重要となってきている.カオスシステムの生成方法としては,ニューラルネットを用いる生成法[12]や区分的アファインシステムを用いる生成法などが報告されている.特に,区分的アファインシステムは線形なサブシステムの組み合わせで表現されているため,システムを構成することが比較的容易であり,その安定性の解析やリミットサイクルの設計法,解の発振条件など様々なことが報告されている.カオスシステムを区分的アファインシステムで表現する研究としては,Komuro[13,14]やAlaoui[15],Amaralら[16]の研究が挙げられる.これらの研究は,これまでにローレンツ方程式やレスラー方程式などこれまでに報告されている既存のカオスシステムを区分的アファインシステムを用いて表現することについて考察されている.さらに,これまでにない新たなストレンジアトラクタを設計する手法の提案もされている.Yuら[17]はカオスシステムの軌道に着目し,グリッド形式に螺旋軌道を配置するマルチスクロールアトラクタの設計について提案している.Ontañónら[18]は3次の区分的アファインシステムにおいて平衡点の位置とそのシステム行列を設定してストレンジアトラクタを設計している.しかしながら,新たなアトラクタの設計についてはアトラクタ形状がグリッド状や平面構造であるなど限定的にしか研究が進んでいない.現実に存在するシステムのモデリングを想定した場合はそれらの限定された形状の解軌道だけでなく,より柔軟に様々な形状の解軌道を設計できることが望まれている.

研究目的

 本研究では,設計者が所望する概形のストレンジアトラクタを描くカオスシステムを3次の区分的アファインシステムを用いて設計することを目的とする.ストレンジアトラクタを設計することができるならば,自分が所望する時系列データを生成することやこれまでにない振る舞いを示すモデルを記述できるなどが可能となる.これまでのストレンジアトラクタの設計では平面構造のアトラクタなど限られた概形であったので,本研究ではより自由な概形をもつストレンジアトラクタの設計を目標とする.特に,ローレンツアトラクタを代表的な例に持つダブルスクロール型ストレンジアトラクタの設計手法を提案する.

図1:ダブルスクロール型アトラクタの例

研究のアプローチと結果

ダブルスクロール型アトラクタの力学的特徴の解析

 ダブルスクロール型アトラクタの設計に向け,まず既存のストレンジアトラクタについてその力学的な特徴について解析する.その解析手法としては,平衡点周りについて線形近似し,そこで得られるヤコビ行列の性質について解析する.本研究では,代表的な例であるローレンツアトラクタについて解析をしている.

区分的アファインシステムの利用

 ストレンジアトラクタの設計については,3次元の区分的アファインシステムを利用する.区分的アファインシステムとは,線形システムをサブシステムとする結合システムである.区分的アファインシステムは線形システムの結合システムであるが,リミットサイクルを有する等の非線形性を示すことが知られている.そのため,非線形システムの近似モデルや振動子の設計に活用されたりする.本研究では,図2のように状態空間を区分した区分的アファインシステムを利用し,ダブルスクロール型アトラクタの解析結果から得られる力学的構造を表現するシステムを設計する.

図2:3領域に分割された区分的アファインシステム

設計例

 図3のように平衡点や軌道の概形などを定め,この力学的特徴を区分的アファインシステムを利用して構成した.そして,時刻0[s]から2000[s]まで数値計算をすると図4の結果が得られる.これより,ダブルスクロール型のアトラクタが設計を設計することができる.

図3:設計するアトラクタの力学的特徴

図4:設計したアトラクタの数値例

まとめと今後の課題

 本研究では区分的アファインシステムを利用してストレンジアトラクタを設計する手法を提案した.特に本研究ではダブルスクロール型アトラクタに注目した.そして,実際に提案した手法を用いてアトラクタ設計を行い,設計可能であることを確認している.また設計した数値例についてそのカオス性についての検証も行い,カオス的な振る舞いを示すことがわかっている.
 今後の課題としては,カオス的な振る舞いとなることが保証される区分的アファインシステムの条件を導出することや,本研究よりもシステマチックにシステムを設計する手法を提案することがあげられる.

参考文献

[1] J. Guckenheimer and P. Holmes, Nonlinear Oscillations, Dynamical Systems, and Bifurcations of Vector Field, Springer-Verlag, 1983.

[2] E. N. Lorenz, "Deterministic Nonperiodic flow," Jarnal of the Atmospheric Sciences, vol. 20, pp. 130-141, 1963.

[3] S. Smale, "Differentiable dynamical systems," Bull. Ame. Math. Soc., vol. 73, pp. 747-817, 1967.

[4] A. Wolf, J. B. Swift, H. L. Swinney, and J. A. Vastano, "Determining Lyapunov exponents from a time series," Physica, vol. 16D, pp. 285-317, 1985.

[5] 高野渉,中井幹雄, "区分線形系におけるリアプノフ指数について," 機械力学・計測制御講演論文集, 2000.

[6] V. K. Melnikov, "On the stability of the center for time periodic perturbations," Trans. Moscow Math. Soc., vol. 12, pp. 1-57, 1963.

[7] C.P.Silva, "Shil'nikov's Theorem," IEEE Trans. Circuits Syst., vol. 40, pp. 675-682, 1993.

[8] 池田徹, 山田泰司, 小室元政, カオス時系列解析の基礎と応用, 産業図書, 2002.

[9] V. Gulielmi, P. Pinel, D. Fournier, and A.Taha, "Chaos-based cryptosystem on DSP," Chaos Solitons Fractals, vol. 42, pp. 2135-2144, 2009.

[10] R. Rhouma and S. Belghith, "Cryptoanalysis of chaos-based cryptosystem on DSP," Commun. Nonlinear Sci. Numer. Simulat., vol. 16, pp. 876-884, 2011.

[11] A. Loria and A. Z. Rio, "Adaptive tracking control of chaotic systems with applications to synchronization," IEEE Trans. Circuits Syst., vol. 54, pp. 2019-2029, 2007.

[12] 古岡達弥, 伊藤秀隆, 隈元昭, "連続時間カオス生成テンプレートの構成と周期軌道の配置に関する検討," 第54回自動制御連合講演会, pp. 1450-1453, 2011.

[13] K. Komuro, "Nomal forms of continuous piecewise linear vector fields and chaotic attractors part Ⅰ:linear vector fields with a section," Japan J. Appl. Math., vol. 5, pp. 257-304, 1988.

[14] K. Komuro, "Nomal forms of continuous piecewise linear vector fields and chaotic attractors part Ⅱ:chaotic attrctors," Japan J. Appl. Math., vol. 5, pp. 503-549, 1988.

[15] A. Alaoui, "Multispiral chaos,"Control of Oscillations and Chaos, vol. 1, pp. 88-91, 2002.

[16] G. F. V. Amaral, C. Ltellier, and L. A. Aguirre, "Piecewise affine model of chaotic attractors: The Rössler and Lorenz systems," Control of Oscillations and Chaos, vol. 16, pp. 013115, 2006.

[17] S.Yu, J.L ü, G.Chen, and X.Yu, "Generating Grid Multiwind Chaotic Attractors by Constructing Heteroclinic Loops Into Switching Systems," IEEE Trans. Circuits Syst., vol. 58, pp. 314-318, 2011.

[18] L. J. Ontañón-García, E. Jiménez-López, and E.Campos-Cantón, "Generation of multiscroll attractors by controlling the equilibria," Proceeding of the 3rd IFAC CHAOS Conf., pp. 119-122, 2012.

2013. 3.31 update