本研究では, 自然科学, 工学及び社会科学の広い範囲の数理モデリングにおいて理想的な枠組みを与えるコンパートメントシステムに関して 考察する. 数理モデリングとは,考察対象の現象に関する仮定および仮説を数式を用いて表現することによって数理モデルを構築する過程を指す. 動的システムの数理モデリングを行う目的は, 構築した数理モデルを理論的に解析し, 現象の動的特性を明確にすることである. コンパートメントシステムでモデル化される考察対象において, モデル構造の最小単位をコンパートメントと呼ぶ. コンパートメントシステムでは, 状態方程式は異なるコンパートメントの間およびコンパートメントと環境の間の物質の移動を記述する. また, コンパートメントシステムにおいて, 状態量は各コンパートメントにおける物質の量を表すので, 状態量の次元はコンパートメントの数に等しく, 状態量の値は非負であり, 環境とのやり取りを含めなければ状態量の和が保存されることが特徴である. 非負システムおよびコンパートメントシステムは, 自然科学, 工学及び社会科学の広い範囲の問題に適用することが可能であり, 具体例として, 生物医学[6], 人口動性・伝染病伝播・生態学[9], 遠距離通信工学[3], 輸送システム[10], 及び金融システム[2]が挙げられる.
システムのモデル化において, パラメータの値の決定は重要な要素である. なぜなら, パラメータの値によって, 解の収束性や発散性など, システムの重要な性質が大きく異なってくるためである. しかし, 現実の物理モデルにおいて, パラメータの値は確定的ではなく, パラメータの不規則性や不確実性がシステムに与える影響を無視することはできない. 従って, より正確に現実の物理システムの挙動を表現するためには, パラメータの確率的変動を内包するモデルの構築は重要な意味を持つ. このとき, システムの解が常に非負となる性質は, コンパートメントシステムにおいてはとりわけ適切にモデル化されるべきである.
文献[5]では, 連続時間でパラメータが確率的に変動するコンパートメントシステム のモデル化が行われている. この論文では確率微分方程式を用いたシステムの数式表現を行っているが, 確率微分方程式の中に現れるウイナー増分が実数全体の値を取り得るため, コンパートメント間の状態量の移動を現実の物理システムに即して表現できていない. 文献[4]では, 離散時間でパラメータが確定的であるコンパートメントシステムに関する モデル化が行われているが, パラメータの不規則性や不確実性の影響を無視しているので, 現実の物理システムを正確に表現していない. また, 文献[4]では, 離散時間確定的コンパートメントシステムに対して, Lyapunov関数を用いた安定性解析を行っている. コンパートメントシステムにおいては, 状態量が常に非負であることを利用し, 平衡点が原点であれば, Lyapunov関数を線形に置くことが可能になっており, この線形なLyapunov関数 を用いることにより, Lyapunov安定性や漸近安定性などの判別が簡単になる. また, スタンダードなLyapunov方程式についても 興味深い結果が導かれている. 文献[7], [8]では, 離散時間でパラメータが確率的に変動する一般の動的システム の平衡点が二乗モーメント平均指数安定になるための条件が述べられている.
そこで, 本研究では, 離散時間でパラメータが確率的に変動するコンパートメントシステムのモデル化を行う. このモデルでは, パラメータの不規則性や不確実性の影響を考慮し, なおかつコンパートメント間の状態量の移動 を現実に即してより正確に表現できることを示す. また, このモデルに対する安定性の考察を行う. 具体的には, 離散時間確率的コンパートメントシステムに関して, 平衡点が一乗モーメント平均指数安定および二乗モーメント平均指数安定になるための条件を調べる.
Tokyo Institute of Technology